法的リスクと実際のトラブル事例から考える、訓練メールの”倫理ライン”

「本物のようなメールじゃないと、訓練の意味がない」
そう考えて、実在する企業のドメインや社名を訓練メールに使おうとしていませんか?

ちょっと待ってください。
それ、本当に問題ないでしょうか?

一見、現実に即したリアルな訓練に見えても、その一手が思わぬ法的リスクや企業間トラブルを招くことがあるのです。

この記事では、実在企業の名前やドメインを用いた訓練メールの法的・倫理的な問題点と現実に起きたトラブル事例、そしてリスクを避ける代替案について、深掘りしていきます。


⚖️ 法律に触れる可能性はあるのか?

結論から言えば、訓練目的であっても実在企業の名称やドメインを無断で使うことは、複数の法律に抵触するリスクがあります。主に以下の点が問題となります。

📌1. 不正競争防止法(第2条1項1号)

他人の業務と混同させるような行為を禁止。
本物の企業になりすましたメール送信は「混同惹起行為」に該当する可能性あり。

📌2. 商標権の侵害

企業名が商標登録されている場合、メール内での不適切な利用は権利侵害となる恐れがあります。

📌3. 名誉毀損や業務妨害

仮に訓練対象者が誤って実在企業にクレームや問い合わせをした場合、その企業の信用毀損や業務妨害と判断される可能性も。

「可能性あり」なので、必ずしも法律違反になるとは限りませんが、トラブルの元となりうることは確かなようです。


⚠️ 実際に起きたトラブル事例

◆ 事例1:相手先企業に問合せが届いて業務を妨害

某企業が実在する組織の名前を使って訓練メールを送信したところ、社員の一部が本物と信じて相手先に問合せを行い、相手先が対応に追われたことで、業務が妨害される結果に。
後日、相手先企業から抗議があり、訓練元企業は謝罪文を出す騒動に。

◆ 事例2:なりすまし訓練に対して相手企業から警告が届いた例

実在する会社名を使った訓練に対し、その企業から「社名を訓練目的とはいえ勝手に使うな」という警告書が届いたことで、謝罪する結果に。

【参考情報】組織における標的型攻撃メール訓練は実施目的を明確に(IPA)


💥 なぜ訓練に「実在企業」を使いたくなるのか?

理由は明快です。リアリティを持たせて、気づきを促すためです。
確かに「架空の企業」からのメールより、社員の危機感を引き出しやすく、訓練効果が高まるように思えます。

実際のフィッシング詐欺メールでは本物の企業サイトをそのままコピーした偽サイトを用意したり、本物の企業が実際に送信しているメールの内容をそのまま利用して攻撃メールを送ってくるだけに、実際にそのような攻撃を身をもって社員に体感してもらうことで、こうした攻撃に対する社員の感度を高めたいという気持ちはよくわかります。

しかし、実在する企業の名前を使うことで生じるリスクと天秤にかけたとき、その判断は本当に正しいのかどうかは、きちんと考える必要があります。


🛡️ リスクを避ける“現実的な代替策”

現場で使える、安全で効果的な方法もあります。

✅ 1. 架空企業を現実にありそうな名前で設定

たとえば「Nippon Billing Center」や「NeoLogi株式会社」など。日本語・英語混在のそれっぽい名称で十分なリアリティが出せます。

✅ 2. ドメインも架空のものを用意

「@example.jp」や「@xx-securemail.co」など。実在しないが違和感のないドメインを使えば、社員に違和感を与えつつ、法的リスクを回避できます。

但し、実在しないドメイン名ではメールサーバーのセキュリティチェックに引っかかって訓練メールが送れない、また、届かないということがありますので、架空のドメイン名はメール本文内で見かけ上のドメイン名として使うものと考えていただいた方が良いです。

✅ 3. 訓練後に「想定企業名」として開示

訓練後の解説時に「このメールは●●社からのメールを模したものでした」と明記することで、リアルさとリスク回避の両立が可能です。

✅ 4. 相手企業と合意の上で実施する

グループ会社などで関連会社が幾つもある場合や、密に連携している取引先などがある場合は、相手側から了解をもらって訓練を実施するということも一つの方法として考えられます。

お互いに標的型攻撃メールの危険性についてわかっていれば、協力して訓練を実施することについて前向きに考えることもできるでしょうから、実際に訓練で使いたいと考える企業名があるなら、相手先企業に相談してみてもよいと考えます。


🧭 結論:リアルさより「信頼と倫理」が大事

標的型攻撃メール訓練は、社員のリテラシーを高め、企業の防御力を高めるための手段ですが、そのプロセスの中で他社の名前を無断で使い、トラブルを招いてしまっては本末転倒です。

わざわざ他社の名前を使って訓練を実施する以前に、できうる訓練の内容は他にたくさんありますので、まずはそうした訓練を実施することを優先された方が良いと考えますが、あえて他社の名前を使って訓練を実施されるのであれば、相手先の会社に前もって相談するなど、相手先に迷惑をかけない配慮をすることは、訓練を実施する際のマナーだと考えます。

「どこまでがリアルで、どこからが倫理違反か」
その線引きを意識することこそが、訓練担当者に求められるセキュリティマインドといえるでしょう。


👣 次のアクション

  • 訓練シナリオの見直しをしましょう。
  • 実在企業の模倣を避けつつ、リアルな文面を工夫しましょう。
  • 必要なら、法務部門と事前に相談を!

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キットマスター 標的型攻撃メール対応訓練実施キット開発者
プログラマ、システムエンジニアであり、情報セキュリティの分野では現役の標的型攻撃メール訓練実施担当として10年以上にわたり、毎月どこかしらで標的型攻撃メール訓練を実施している、訓練実施のエキスパート。